熟柿(じゅくし)
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頂き物の柿が、食べ切れない間に熟し過ぎたのを、捨てようか迷って、ポケットに押し込んで電車に乗りました。
――呼び鈴を押して数分後、気怠げにドアを開けた人は、はっきりそれと知れる臭いを纏わせて、僕は予想通り、来てしまった事を後悔したのです。
「何か用、こんな時間に?」
じきに折り返しの終電が出る頃で、つまりは言外に『帰れ』と撥ね付けられたのですが、僕が掴んだ柿の実を見て、黙って半身を引きました。
紅く透ける程に熟れ、指の形に緩く窪んだ柿を半分に割り、渡されたスプーンを沈めてみたものの、そこで手が止まりました。
「あんた嫌いじゃなかった?」
「義姉さんは好きでしたよね」
ずくりと蕩けた果肉の香りは、吐息に混じった酒気に酷く似て、僕も飲まない酒に酩酊させられた心地でした。無理矢理運んだ一口が、いつかの接吻の温度と味で舌に絡まって、とうに夫婦の痕跡もない破綻した部屋に、汁を飲み下す音が響きました。
――呼び鈴を押して数分後、気怠げにドアを開けた人は、はっきりそれと知れる臭いを纏わせて、僕は予想通り、来てしまった事を後悔したのです。
「何か用、こんな時間に?」
じきに折り返しの終電が出る頃で、つまりは言外に『帰れ』と撥ね付けられたのですが、僕が掴んだ柿の実を見て、黙って半身を引きました。
紅く透ける程に熟れ、指の形に緩く窪んだ柿を半分に割り、渡されたスプーンを沈めてみたものの、そこで手が止まりました。
「あんた嫌いじゃなかった?」
「義姉さんは好きでしたよね」
ずくりと蕩けた果肉の香りは、吐息に混じった酒気に酷く似て、僕も飲まない酒に酩酊させられた心地でした。無理矢理運んだ一口が、いつかの接吻の温度と味で舌に絡まって、とうに夫婦の痕跡もない破綻した部屋に、汁を飲み下す音が響きました。
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公開:19/12/15 23:22
熟柿(じゅくし):
①熟れて柔らかくなった柿の実
②酒臭い吐息
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
https://amzn.to/32W8iRO
ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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