坂の上から

　その道路の勾配は急で、巨大なかまぼこの背を登っている気分になる。てっぺんに近づくほど傾斜は緩くなるのだが、そこまで辿り着くのが大変だ。最初に大きく勢いをつけていれば自転車に乗ったまま最後まで行けるかもしれないが、この高低差を一息に登りきれる人はそうそういないだろう。その代わり、息を切らせて頂まで至れば、ちょっと胸がすくような美しい景色に出会える。
　ガードレールの向こうには、上り下りの列車が走り抜ける駅を見下ろせる。ホームの上で文庫本を開きながら電車を待つ人。ギターを背負ったバンドマン。学校帰りの女子高生。駅の周囲にはビルが建ち並び、さらにそれを囲みこむ大きな公園と神社。住宅街はどこまでも広がり、遠くは霞む山の稜線まで一望できる。
　稔はそこで自転車の向きを反転させ、ペダルに足を乗せると、ストレス解消に坂道を下った。
　重力を失ったようにぐんぐんとスピードが上がり、風が気持ちよかった。