フシメさん

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はじめは、何歳のときだったろう。
小学校に入学したときだった気もするし、もっと前だった気もする。いや、僕の物心がつく前から、きっと彼はやってきていたのだろう。
彼の名前はフシメさん。いつも僕の節目にやってくる。彼はいつも伏し目がちで、僕と目が合うことはない。
今日もくるのかな。思っていると、慇懃なノック音のあと、彼が姿を現した。
「や、フシメさん」
一応話しかけるけど、フシメさんが返事をすることはない。伏し目がちのまま、ほんのちょっと会釈をするだけ。そうしていつものように鍵をひとつ差し出すフシメさんに、僕は入社の節目にもらった鍵を返した。
「そろそろ準備をお願いします」
係の人に呼ばれ、僕は椅子から腰を上げた。
彼女ーーいや、妻と出会ったのは、前の鍵を受け取った夜だった。今度の鍵とは、一体どんな出会いがあるのだろう。
僕がまたねと振り返ると、フシメさんは目を伏せたまま、ほんの少し微笑んだ。
公開:19/10/05 11:36
更新:19/10/05 23:48
レインボーマム

ゆた

高野ユタというものでもあります。
幻想あたたか系、シュール系を書くのが好きです。

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