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車通りのない横断歩道の向こう側でランドセルの女の子がひとり赤信号を待っている。
佇まいの美しい子だった。
僕はアルバイトに遅れそうで焦っていたけど、女の子の前で信号無視はできないと思い、平静を装って立ち止まった。
なかなか変わらない信号に目が泳ぐのがいやでスマホを取りだしたが、女の子がまっすぐに前を見つめる姿に、僕は急に自分が恥ずかしくなった。なにをオドオドしているのか。ここは大人の姿勢を示すところだろう。僕は背筋を伸ばした。
夕暮れ迫る秋の空には吸いこみたくなるような鮮やかな鱗雲。僕は急ぐあまりこの美しい空を見ずに地下鉄に乗るところだった。
もう信号など変わらなくていい。時間を止めて欲しいと思った。
そのときだ。女の子がなにか口ずさんでいるのに気がついたのは。
セプテンバー。竹内まりやだ。
もうすぐ9月が終わる。
女の子は不意に大人になる。秋が深まれば僕も少しは彼女に追いつけるだろうか。
公開:19/09/26 18:59

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