蜻蛉玉の男

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 口寂しい時、私は蜻蛉を口に含む。翅を摘んで唇に挟み、脚と顎に掻き毟られながら、前歯で首を切り離す。私は舌先でそれを受け止め、前歯の裏に据えると、左右の目玉の滑らかな舌触りを堪能する。
 舐っていると顎がバラバラになって不快だ。私は頭を上唇の裏へ退避させ、顎をプッと吐き出す。それから、なお一層舌触りのよくなった頭を前歯の裏に戻して、左右交互に、目玉を舐る。
 そのうち、私の舌が蜻蛉の目玉のふやけてくるのを感じ取る。私はここで苦渋の決断を下さねばならない。噛み潰してほのかな苦味のある僅かな汁を啜るか、そのまま喉越しを楽しみつつ飲み込んでしまうか、生活のために、蜻蛉玉を製作するか、をだ。
 ふやけた蜻蛉の目玉は口のなかで上手にチュッと吸うとプクッと膨らみ顔から外れる。それは奇跡の蜻蛉玉として高い値段で売れるのだ。
 だが、蜻蛉をそんな風に金に換えることに、私はいつも罪悪感を覚えているのである。
その他
公開:19/09/21 17:39
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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