七海先生

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「何にも知らないのね」
はじめて人にキスをしたのは、バカにされたと思ったからだ。
何も知らない。そりゃそうだと思いながら、それでも私は腹が立って、でも何も言い返せなくて、殴るわけにもいかず、黙っているのもくやしくて、私は七海先生に詰め寄った。先生も引く気はなさそうで、ふたりの距離は近づくばかり。クラスのみんなが見ているその前で、顔を寄せて、つい。
先生は、驚いた様子で、黙ったまま時が流れた。
クラスのみんなも呼吸を忘れたみたいに静かだったけれど、そのうち誰かが話しはじめると、さざなみはいつのまにか教室をのみこむ波となって、狂乱、パニックと言っていい一体感に包まれていた。私はとんでもないことをしたと思った。
それが先生の「戦争」の授業だった。私はたまたま選ばれた「敵国」で、先生から挑発を受けた。私がどんな暴発をしても受け止めるつもりだったのだろう。
言葉は引き金になる。忘れられない授業だ。
公開:19/09/04 15:12

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