ひとりよがり

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「少し歩きませんか」
夏の終わりの夕暮れ。僕は温泉街の川端で、浴衣の女性に声をかけられた。
19年の人生で初めての事態に僕は固まってしまった。この人は僕に興味があるのかな。ひょっとしたら僕はこんな素敵な人と…。
ひとりよがりな考えが脳内廊下を駆け巡り、うまく言葉が出てこない。
「かわいい」
顔が熱い。僕をどうするつもりなのか。もう血管が破れそうだ。
「来て」
おねえさんが石畳の路地をゆく。僕は胸の鼓動が伝わらないように距離をおきながら、おねえさんを追いかけた。
「私、豆腐のデザイナーなの」
今の僕には不思議な言葉も違和感を感じない。
「今のあなたが欲しい」
おねえさんは僕を見つめながら角を曲がった。
僕は走りだす。
角を曲がるとそこには豆乳のたっぷり入った鍋があって、僕はその中に突き落とされた。
おねえさんが大きなしゃもじで鍋をかき混ぜると、新しい豆腐が、僕のひとりよがりで固まっていく。
公開:19/09/06 12:28
更新:19/09/06 12:41

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