屋上喫茶店

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 その五階建てビルの屋上は、周辺のオフィスビルの高層階からは、ほとんど四畳半の野原のように見える。
 そこに喫茶店がある。
 手入れされた英国式回遊庭園の一隅に、瀟洒な日除けを伸ばした木造のカフェスタンドが気持ちよく収まっていて、カウンターにはサイフォンがズラリと並んでいる。
 窓から見下ろせば、そこで湯が沸騰するコポコポという音と、くねるように立ち上る純白の湯気と、芳醇な珈琲の香りとを想像することができる。
 喫茶店は、初老の紳士が一人で切盛りしている。庭園の手入れをするのもマスターだ。白ワイシャツにこげ茶のボウタイ。細身の黒ズボン。歩くとき少し左足を引きずる癖がある。その整った口髭の下から発せられる「いらっしゃいませ」という声は、きっと素敵なアルトであるに違いない。
 ところで、この屋上喫茶店に入り口はない。マスターは、隣接するオフィスビルに入居していて倒産した会社の社長だという噂だ。
ファンタジー
公開:19/09/01 19:11
更新:19/09/08 09:14
宇祖田都子の話

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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