忘れたいセミ

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ハルは売れない役者だった。

アパートの窓からの侵入者は、ハルの悲鳴に驚き下駄箱の隙間から中へ逃げ込んだ。「セミ?」虫嫌いのハルは扉を閉めセミを閉じ込めた。

「あ〜忘れたい。忘れてしまえば、いつか亡骸だけを捨てればいいよね」

夜、ハルはバーのマスターにそのすべてを話した。
「ハルちゃん。セミの寿命は短いんだ。逃してやりなよ」
「無理よ。じゃあマスターが逃してよ」

深夜。マスターが下駄箱を開けると、セミは仰向けになり虫の息だった。
「せめて公園で死なせてやろう」
マスターがつかもうとした刹那、セミは勢いよく窓から飛び出した。
「死んだフリしてたんだ。命がけでね」
「あいつ、役者ね」
「ハルちゃんも命がけで演じなきゃ」

その冬、芸能事務所から仕事の依頼があった。
「刑事ドラマですか?役柄は…」

撮影当日。ハルは極寒のなか命がけで死体役を演じきった。あの忘れたいセミを思い浮かべながら。
その他
公開:19/09/02 17:49
更新:19/09/04 12:35
スクー 忘れたいセミ

豊丸晃生( 大阪 )

ショートショートの神様、星 新一を崇拝しています。お笑い好きで怪談も好き。
お笑いネタのような作品が多いですね(笑)
【受賞作品】
「渋谷シティ」
渋谷ショートショートコンテスト優秀賞受賞。
「我が家の食卓」
ベルモニーショートショートコンテスト入賞。
「電車家族」
隕石家族ショートショートコンテスト入賞。
「大男の力自慢大会」
「スカイフィッシング」
空想競技2020ショートショートコンテストW入賞。

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