赤いスニーカー

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 正樹は渋谷スクランブル交差点のまん中に立つと、一眼レフを構えた。シャッターの音が、喧噪に掻き消されていく。
「あっ、あのスニーカー……。すいませんっ」
 たまらず声をかけたら、男が怪訝そうに振り返った。おずおずと足元を見つめる。
「これ、弟の形見なんだ。世界に一つのプレミアシューズらしいね」
「カタミ? 崇の?」
 意識が、スーッと遠のいていく。
 崇とは、高校の写真部で一緒だった。よく遊んだが、突然、高二の秋に中退してしまったんだ。

「少し撮らせて頂けませんか」
「もちろん」
 信号が青になった瞬間、無数の足がスクランブル交差点を行き来する。幾千、幾万の人生が通過する。
 正樹はまっ赤なスニーカーにフォーカスして、夢中でシャッターを切った。何回も。何十回も――。
「次のコンクールは、絶対にグランプリを獲るぞ」
 熱気交じりの風が吹き抜ける。澄んだ空を、心のレンズにカシャリと収めた。
青春
公開:19/11/11 14:02
更新:19/11/12 12:07

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