臍の緒の男

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 僕は浴衣の帯を解き、トレンチコートのベルトをキュッと締める。そして早朝エアリアルヨガのスタジオまで歩き、誰の目も気にせずに吊り下げられた布に身をまかせて、自分の魂と向き合う。
 母の胎内の記憶。それは海馬にではなく、身体が覚えている記憶。腹部にぎっちりと巻き付いた臍の緒の感触……。
 シャワーで汗を流し再びトレンチコートのベルトを締める。「これも同じだ」と思う。
 帰宅して仕事部屋に入る前に、革のベルトに着替える。誰に会うわけでもないが、生活にメリハリをつけるためと、仕事に向かう心構えをつくるための儀式だ。
 夕方。仕事を終えてシャワーを浴びる。バスローブの紐をゆるく巻いて夕食。身体が乾いたら浴衣の帯を結び、上からナイトガウンの紐をしめる。
 テレビで『車から被告が逃亡』というニュースを見て、僕は腰紐の素材と結び方が気になり、眠くなるまでネット検索をする。
 こんな風に一日は過ぎていく。
その他
公開:19/11/10 08:04
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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