あの頃

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人生で一番、意識が混沌としていた二十代の一時期、私は渋谷を自宅のトイレだと思い、自宅のトイレを渋谷だと思い込んでいた。
その時期の私は、尿意をもよおすたびに、東横線に乗って渋谷に行っていたが、慣れてくれば、尿意の誕生から、生理的決壊に至るまでの時間が計算できるようになり、「用をたす」という点では、特に不便は感なかった。
困るのは待ち合わせだ。「ハチ公前にいる」って言われても、うちの渋谷は便器が私を待っているだけで、私を待つ人も、人を待つ犬の像も、ない。
そんなわけで、何べんも待ち合わせをすっぽかしたようで「トイレは渋谷じゃない」と気づいた時には、友達は1人しかいなくなっていた。
ドンドンドン!
うるさいノックだな、また、中本が馬鹿力で、ドアを叩いてやがる。
「ケンジ、お前また、クローゼットにこもりきりなんだってな。お母さん心配してたぞ!」
「クローゼット?渋谷だ、ここは」
ファンタジー
公開:19/11/10 00:30
更新:19/11/14 21:22

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