眠らない街の眠る夜

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『ごめん、今日は渋谷を眠らせるから』
飲みに誘った剛からの不穏な返信に夜の渋谷へ急行すると、会うなり剛は腹を抱えて笑った。
「バカだな、俺は街を診てるだけ。往診だよ」
「は?」
「渋谷は慢性的な睡眠不足なんだ」
まあ新宿よりはましだけど、と肩を竦める。街は騒がしいと不眠がちになると剛は言うけれど、駅前は今日も賑やかしい。俺が首を傾げるのに、剛は構わず歩きだした。
「通行人を本物の渋谷から弾き出して、静かにさせるんだ。スクランブルだよ」
交差点の中央で剛が手を叩くと、一瞬空気がたわんで、すぐに戻る。辺りは音を吸われたように静かになって、けれど、街行く人はわかっていないみたいだった。
剛は広場の端に座り込み、時折頷きながら目を閉じていた。
「ようやく眠ったかな」
剛の声に顔を上げると、空は澄んで、六等星までもが震えていた。
「夢を見ているのかもね」
耳をすませば、渋谷の寝息がかすかに聞こえた。
その他
公開:19/11/09 11:40
渋谷

ゆた

高野ユタというものでもあります。
幻想あたたか系、シュール系を書くのが好きです。

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