ダンボールカタピラの男

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 「父だと思うんです」
 夕暮れ間近。ダムの建設現場近くにある峠の食堂の店主に写真を見せた。父の唯一の写真。小学校四年生の運動会のカタピラリレーの時のものだ。
「あのカタヒラさんに息子さんがねぇ」
 虫の音が薄闇に滲んだ。
「あ。戻ってきたよ」
 店主の声に、僕は目を凝らした。ダバダバダバダバという音がこだまする。両側から腕を突き出し、肘を直角に曲げて掌を地面に叩きつけるようにしてバランスを保ちつつ、左右に小刻みに振れながらダンボールカタピラが突進してくる。
「カタヒラさん!息子さん!」
 だがカタピラは速度を緩めずに僕達の前を通過していく。真横からなら顔を見られると思っていたが、肩に楕円形のダンボールを装着していたので、見えたのは裸足の足先だけだった。
 でも、僕はその親指の形を鮮明に覚えていた。
「父さん!」
「お前は来るな!」
 ダバダバダバダバ……
 僕は写真をぎゅっと握りしめた。
その他
公開:19/11/05 23:27
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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