違います

　私は『渋谷』が嫌いだ。

　渋谷という響きが嫌い。しまいには、「しぶや」という字体が目に入っただけでも、私は耐え難い苦痛を感じてしまうのだ。

　今日は仕事の関係で、どうしても渋谷区にある医院に行かなければならなかった。
　仕事だから仕方ないと自分に言い聞かせ、目的地へと向かった。

　受付を通ると、他の患者と同様に待合室で待機する。
　待合室は老若男女でごった返しており、とりわけ年配の方の比率が多い。インフォームド・コンセントを重視しており、確かな腕を持っている。区内はもとより、都内でも上々の評判を得ている医院だ。
　さりとて、私が患者としてこの医院へ来ることはないだろう。その理由は――

「渋谷さーん。さあ、こちらへどうぞ。」
「……私は、『しぶたに』です。」

　渋谷区に来ると、多くの人が私を「しぶや」と呼ぶ。
　私は『渋谷』という名前も嫌いだ。渋谷だったらどれほど良かったか……。