スクランブル

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出発の日、父は仕事へ行き、見送りに来ることはなかった。

どうしても東京へ出たかった。田舎の町でこのまま老いていくのは嫌だった。

「体に気をつけてね」

駅のホームで母が言う。小さく頷き、僕は電車に乗り込んだ。遠ざかっていく見慣れた風景に少し感傷的な気持ちになりながら、でも、これから始まる新生活への希望に胸をときめかせていた。

あれから十五年。初めて降り立った時は緊張で足がすくんだ渋谷駅のホームを、僕は当たり前のように歩いている。改札口で迷うこともなく、ハチ公前にも行ける。

数年前、父の遺品整理をしていると一枚の写真が出てきた。母が言う。

「お父さんも若い頃は東京に出たかったんだって」

ギター片手に歌う、若かりし頃の父の姿がそこにはあった。

「お待たせ」

彼女だ。連れ立ってスクランブル交差点を渡る。

(オヤジ、今度報告しに帰るよ)

ポケットの中の指輪ケースを、握り締めた。
青春
公開:19/11/04 12:05
渋谷

makihide00( 鳥取→東京→福岡 )

30代後半になりTwitterを開設し、ふとしたきっかけで54字の物語を書き始め、このたびこちらにもお邪魔させて頂きました。

長い話は不得手です。400字で他愛もない小噺を時々書いていければなぁと思っております。よろしくお願いします。

Twitterのほうでは54字の物語を毎日アップしております。もろもろのくだらない呟きとともに…。
https://twitter.com/makihide00

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