「かき」の叩き売り

25
21

通勤帰りに駅前の広場を通りかかると、大道商人の威勢のいい声が聞こえてきた。
「いらっしゃい! 季節はずれの『かき』を用意したよ。『山のかき』『海のかき』『川のかき』の三種類ある。今を逃すと間に合わないよ」
「かき」が季節はずれ? 今が旬だろ。ただ、山と海はわかるが、「川のかき」って何だろう。
耳を疑って近づいてみると、無機質な缶詰が台に並んでいるだけだった。
「新鮮な柿や牡蠣を売っていると思ったら缶詰か。缶詰だったら保存もきくし、いつでも買えるね」
「お客さん、勘違いしてるよ」
「勘違い?」
「そうさ、季節の『夏季』を閉じ込めた缶詰だよ。
『山の夏季』には、夏の山の香り、山風、蝉の声、『海の夏季』には、夏の海の磯の香り、浜風、波の音、『川の夏季』には、夏の川の香り、川風、せせらぎの音を閉じ込めてあるんだ。
在庫一掃セールなんで今しか手に入らないよ。お客さん、お好きな『夏季』をどうだい」
その他
公開:19/11/03 06:16
更新:19/11/03 07:52
大道商人 季節 牡蠣 缶詰 夏季 在庫一掃セール

SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容