赤錆た歯車⑥

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新しい会社で働き出した男の手元にある彼女の歯車は不思議な思い出の象徴だ。

鉄の歯車で動く心臓、なんて現代ではあり得ないし、あのとき、自分がいた島の名前さえ記憶に残っていない。
母の葬儀でバタバタしていたから渡航記録をまとめて処分してしまったのだろうか…残念に思いながら、けれどそれで良かったとも思う。

自分は職場を変えられた。薄情だが、母の最期を看取れなかったことに悔いはない。険悪な関係だったし、いい加減干渉を止めてほしいと何度も喧嘩になったのだ。

男は名刺入れに潜ませた歯車を眺め、うん、と呟く。

「出張いってきまーす」

今の仕事は日本全国を飛び回る。体力的にはきついが、知らない土地に行くのは楽しい。

そしてなにより、出張先では名も知らない少女が海の中を悠々と泳ぐ夢を見る。
少女はいつも楽しげに、泳ぐことを満喫している。
それだけで、今の仕事をしている意味を感じるのだ。
その他
公開:19/11/02 09:04

あやめ( 北の大地、本屋 )

思い付いたことを思い付いた時にぽそぽそと書きます。
起伏のない文章なのでさらーっと読み流していただければ幸いです。

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