影と歌えば

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部屋の隅々に滞る丑三つ時に見た夢の記憶が、存在より強き影となってここにはいない己をも苦しめる。魔物どもは彼らの術を何度も反復する。足元に凝と座り、沈殿した憂いの廃棄物をぶら下げ辺境へ誘う。蒼然の暗闇に続く階段は恐ろしく長い。影は罪悪、嫉妬、疑念、見捨てられることへの恐怖、羞恥、倦怠への嫌悪を唸らせる。時間の重力を脳髄に知らしめる空間において出会うその影は、昔殺そうと憎んだ女によく似ていた。孤独が過ぎた故に張り巡らされた狂信的な琴線に嘔吐を覚えた。それは煮え切らない疲労を吸収し尽くした空間、過去の幸福への疑念、抑圧への固執、官能への罪悪...そんなものと神経を共にし続けた者のみが持ち得るざらついた薄褐色の翳りだった。彼女についていくごと、健康な好奇心や正常な記憶は階段と共に忘却と崩れ去って、重なる瞬間を構築するのは息絶え絶えの歩みでしかなかった。
それは肥大した夜の出来事である。
その他
公開:19/10/31 12:21

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