別れたおぼえ

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ベランダの物干し竿に、夫が作った吊るし網がある。一度だけ夫がホッケを干してくれたがそれ以来使うことはなく、今は冬晴れの空にぶら下がっているだけ。
今日は撮影が休みで、私は朝から缶ビールを手に、自分が主演しているドラマをぼんやりみていた。
夫が家を出て一年。それから今日まで立て続けにドラマに出演し、隙間を縫って映画と舞台を一本ずつ。テレビのバラエティと深夜ラジオのレギュラー、雑誌の連載。どうかしている忙しさの中に身を置いて、夫とのことを考えないようにしてきた。
久しぶりに立つベランダ。吊るし網の中には去年書いた離婚届がある。濡れて乾いてまた濡れて、それで高まる覚悟のようなもの。
私は区役所に向かった。ずっと逃げてきたけれど、これが私の節目になると、離婚届を窓口に出した。

「あなた結婚されてませんよ」
「えっ」

「カットォォ!」
監督の声が聞こえても、私は離婚するために、職員に詰め寄った。
公開:19/10/29 22:50
更新:19/12/19 14:45

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