幸せな味

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やかんから蒸気が立ちのぼる。カウンターキッチンの向こうに母さんと父さん、そして小さな弟と妹が楽しそうに笑っている。
あの頃、母さんがよくカフェインレスの珈琲を作ってくれた。弟妹にはココアだったのに俺だけ珈琲というのが何だか特別で、嬉しかった。それはとても甘くて幸せな味がした。

反抗期を引きずり、就職と同時に一人暮らしを始めて、珈琲ひとつ作れなかった自分に気づいた。缶コーヒーは不味くて本当はいつも母さんの珈琲が飲みたかった。

カチ、とやかんの火を止める。

「珈琲をスプーンにひと匙、砂糖は大匙1、お湯が6割牛乳が4割」
母さんが最期に教えてくれた、俺用の珈琲のレシピ。
「うめえな、やっぱり」
涙が次々と溢れてくる。
「母さん、もう俺ひとりで作れるから安心しろや」

誰もいない夜のキッチン。葬儀は明日執り行われる。
「ねえ、珈琲飲まない?」
母さんがあの頃の笑顔のまま、そう言った気がした。
その他
公開:19/10/26 21:47
更新:19/12/14 10:24
節目

深月凛音( 埼玉県 )

みづき りんねと読みます。
創作が大好きな主婦です。ショートショート小説を書くのがとても楽しくて好き。色々なジャンルの作品を書いていきたいなと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
猫ショートショート入選『ミルク』
渋谷ショートショートコンテスト優秀賞『ハチ公、旅に出る』
ベルモニーPresentsショートショートコンテスト[節目]入賞『私の母は晴れ女』
ベルモニーPresentsショートショートコンテスト[縁]ベルモニー賞『縁屋―ゆかりや―』

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