楡の木は残った

12
9

 コンクリートで固められた斜面に身体を窮屈にねじ込んで背伸びをするかのように家々が詰め込まれている坂を上る目的は、電車から見えた巨大な楡の木だった。
 それは崖に面した遊具などはない小さな公園の中央に聳えていた。30メートルはあろうかという黄葉した巨大な楡。僕はすでに夜の色に変わった中天に届きそうな楡を首が痛くなるまで見上げた。
 ザリザリ。と夕闇が動いて、誰かが公園を出て行く気配がした。僕は辺りを見渡した。公園の四隅にベンチがあった。ベンチがみんな外側を向いていることが気にかかった……「すみません!」
 僕は公園を出る寸前の人影を捕らえた。暗い背中がピクリと震えて立ち止まり、外を向いたまま「なんですか」と言った。
「なぜ楡の木を見ないのですか?」
 聞きたかったのはこんなことではなかった。だが僕はそう聞いていた。すると外向きのまま闇に紛れかけていた影が、ぼそりと答えた。
「思い出すから」
その他
公開:19/10/23 11:20
更新:19/10/23 13:16

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容