ハチ公広場の漁り火

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まだ陽の昇らない時間、深夜よりもうひとつ深い無人の渋谷駅前に立つ。街路樹へと灯りをつるして、いつものように準備運動をしてから、俺は緑の電車――青ガエルと向き合った。
青ガエルの下からは、灯りに誘われたいくつもの小さな音符が集まってくる。その影に向かって、俺は広場へ投網を投げた。
五線で編み上げた手製の投網は、弾むようにのびやかに、泳ぎ回る音符を包み込む。一息に引き寄せると、網の中でさまざまな音符が四方に跳ねた。その小さな音符たちに傷がつかないよう掬い上げ、駅前の交差点へと放す。
放流された数多の音符は、ひと気のないスクランブル交差点を一心不乱に遡上し、枝分かれする方々の道へと散らばっていく。俺はうまく泳げないでいるひとつを指先で送り出し、網を纏めた。
つるした灯りを消すと、街は次第に喧騒の気配を漂わせ始める。
大きな支流となる109の足元では、足のはえ始めた八分音符がC8の音でとび跳ねた。
その他
公開:19/10/23 07:41
更新:19/10/23 22:00
渋谷 ふしぎな職人

ゆた

高野ユタというものでもあります。
幻想あたたか系、シュール系を書くのが好きです。

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