けふ九重に

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招かれて部屋へ入ると、季節外れの香りがしました。
「桜ですか?」
「八重桜です」
ランプの灯を調節しながら、彼が微笑みます。
桜と言えば、染井吉野が浮かびますけれど。八重の香りは姿に似ず慎ましく、ともすれば、外の木犀に消されそうでした。
「八より九が、勝ってしまいますね」
「七にも負けますよ。秋桜なら良い勝負かな」
木犀を九里香、春の沈丁花を七里香とも称びます。光熱で漸く漂う桜は、一里もせぬ間に薄れ、私の部屋へ帰る頃は、残り香ひとつしないでしょう。
「いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな」
「百人一首?」
「明日は一度限りの祝賀ですから」
十月二十二日、即位礼正殿の儀。日頃国を意識せぬ様に努める私には、彼の拘りが哀しくも思えるのですけれど。
「貴方が生まれ、私も共に生きる国です」
彼の淡い髪は旭日に燃え、肌は匂い立つ桜色。明日の朝には、私の髪も肌も、八重の桜に香るでしょうか。
ミステリー・推理
公開:19/10/21 21:48
2019年10月22日 即位礼正殿の儀/国民の祝日 百人一首/伊勢大輔の歌

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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