古蛾昆虫店 (02)

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──古蛾昆虫店。
美しい昆虫標本。奇妙な形の標本用具。そこは私にとっての桃源郷であった。
ある日、すっかり顔馴染みになった店主が特別にと、綺羅綺羅とした青い蝶の標本を見せてくれた。
――モルフォ蝶だ。今日は暇だから茶でも煎れながら話をしよう。
店主がそう云い、席を離れるやいなや部屋に残った私は手早く蝶を風呂敷に包み、店を後にしたのだ。
……そんな少年時代の後ろ暗い過去を今日までずっと記憶の沼底に沈めていたとは。
──お爺ちゃん、どうしたの。苦しいの?
孫が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
そうだ。苦しい。あの日から、ずっと……。  
脂汗を拭き、書斎へ向かう。屋根裏に隠していた風呂敷包みを取り出し、震える手で開けると、あの日と変わらず綺羅綺羅とした青い蝶がキチンと納まっていた。
──返さなければ。返して謝らなければ。
私は財布と風呂敷だけを持ち、よろぼい歩きながら渋谷駅へと向かった……。
その他
公開:19/10/19 11:57

椿あやか( 猫町。 )

【椿あやか】(旧PN:AYAKA) 
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◆第18回坊っちゃん文学賞大賞受賞
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