古蛾昆虫店 (01)

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改札を出て、宮益坂のゆるりとした坂を上っていく。
暫くすると左手に郵便局が見え、そのまま坂を上がり切れば青山通りに出る。そして同じく左側、ビルの谷間にひっそりと、神木のような厳かさを纏う店がある。
──古蛾昆虫店。
──あった。店主は未だ御健在だろうか。
          *
孫が居間に残していった国語の教科書を手にとり、何気なくめくると『少年の日の思い出/ヘルマン・ヘッセ』というページに釘付けになった。
──憧れの蝶。
──見せてもらうだけのつもりで。
──魔が差して。謝罪を。
──取り返しがつかない。
黒く深い沼底に沈んでいた忌まわしい記憶がするすると伸び、水面に咲く蓮の花ようにハッキリと眼前に現れた。
――これは、私だ。
昔、昆虫少年だった私が僅かな小遣いを握りしめ、胸を高鳴らせ通った店がある。本の中の少年と同様、私はその店で盗みを働いたのだ。
その他
公開:19/10/18 22:09
更新:19/10/19 15:35

椿あやか( 猫町。 )

【椿あやか】(旧PN:AYAKA) 
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◆第18回坊っちゃん文学賞大賞受賞
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【note】400字以上の作品や日常報告など
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