谷底

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「ちょっと疲れた?」

右手にNHK放送センターが見える。
私は上京してきた母を案内していた。明治神宮から渋谷駅へ向かう途中だ。

公園通りをゆっくり下っていく。だんだん人が多くなってきた。
音楽好きの母はタワーレコードを見つけて喜んでいる。テレビでしか見たことのない渋谷。ずいぶん楽しんでいるようだ。

スクランブル交差点で、母がつぶやいた。
「渋谷って本当に『谷』なんだね」

その瞬間、目の前がサバンナになった。
暑く乾いた空気。交差点をシマウマの群れが駆け抜けていった。

「ドンッ」
突然大きな音がして、背中に衝撃が走る。
バランスを崩した私の身体は、坂を転げ落ちていった。

誰に突き落とされたのだろう。

「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」
聞き覚えのある声がした。

「母だ」
坂の上では、鋭い爪を光らせたライオンが笑っていた。
その他
公開:19/10/16 23:03
更新:19/10/16 23:04
渋谷

ろっさ( 大阪府 )

短い物書き。
皆さんの「面白かったよ!」が何よりも励みになります。誰かの心に届く作品を書いていきたいです。

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