愛の巣の男

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 ある朝、鼻から小さな赤茶色の鼻水のようなものが垂れてきた。それが小さな蟻の集まりだと気づいたときの驚きといったらなかった。体中のあらゆる部位に感じる痛痒さと、皮膚の下を常に何かが這い回っている感覚に慣れるまでに、半月はかかったと思う。
 この蟻は私を噛まないが、私がこの蟻を噛んでしまうことはよくあった。なにしろ蟻は口腔内も常時這い回って、餌と水分を集めているのだ。蟻はとても酸っぱいので、当初は、この酸っぱさにあうおかずを探して食べていたが、それは蟻が好む食べ物と同じだった。今では、蟻が集めた栄養素と、蟻が私の内臓で栽培している菌類のおかげで内臓脂肪も減り、健康状態も良好だ。さらに、脳にいる女王蟻用の上質な糖類のおかげで頭脳明晰にもなった。
 夜の繁華街で危険が迫ったとき、兵隊蟻が撃退してくれたことにも感謝している。毒は十分な成果をもたらした。
 私は彼女たちの巣であることに満足している。
SF
公開:19/10/10 14:49
更新:19/10/10 14:50
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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