富士見坂

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「以前はここから綺麗に見えたんじゃよ」

振り返ると自分の立つ石段の少し上に、和服を召したかなり年配の老人がいた。

ここは富士見坂。昔はこの坂から富士山の遠景が臨めたらしい。坂の名もそこに由来する。

「坂からの富士を撮影しようと、地方から来たんですが」

「数年前までは見えたんじゃが、あいつらのせいでもう見えん」

あいつらとは、壁のように林立するビル群。

「都市計画が原風景を消していくんですね」

「生きてく為には仕方ないのじゃろう。風景眺めても腹は膨れん」

言いながら老人は坂を下っていく。

私は、遠ざかる老人と坂とビル群のショットを収めようと一眼レフを覗く。

「えっ!」

慌てて目を離す。

坂を下っていた筈の老人の姿がない。

「あの人…」

キツネにつままれた私は、暫くして再びカメラを構える。

ファインダー中央に、ビルも住宅もない大地に堂々聳える富士の雄姿が見えた。
その他
公開:19/06/28 19:30

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