乾くまでの宿

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「一度あたたまったお客さんを乾かすことで、タンパク質が変化して、旨み成分が増えるんですよ」
「はー。それがコツですか」
「煮干しと同じですよ」
人里離れた湯治場の、宿の湯に浸かりながら、私はそんな話を聞いてしまった。
湯船の私に気づかずに、宿の裏手で主人が誰かと話している。
「ここの客はひと味違うと評判ですよ」
「違うとすれば餌かな」
「ほう」
「薬草を調合した食前酒を飲ませてるんです。それが効いてるね」
そう言うと、主人は普通ではないテンションで笑った。
私は怖くて湯に潜った。
あぁ。このままでは私のタンパク質がおいしく変化してしまう。
「お客さーん」
主人の声だ。
「最近つらいことある?」
「だ、大丈夫です」
「誰かを恨んだりしてない?」
「ないですけど…」
「ほら、はらわた取らなきゃいけないからさ。黒いやつ」
ぼーっとした頭で湯を出ると、一杯の食前酒。
そして陽当たりのいい部屋へ。
公開:19/06/26 11:58

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