梅雨

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梅の実を叩く雨を眺めるのにも飽きていた。「止まないな」と慧に話しかけるが、返ってきたのは生返事だけ。

兄夫婦が事故で亡くなり、甥の慧を引き取ってから14年経つ。本当の父子のようになりたいと願ったが、会話はぎこちないまま。5歳にして大きな悲しみを背負ったこの子に、何不自由ない生活をと思い、私は必死に働いた。残業を重ねて実績を積み、時には社長室に直談判しに行くほど、仕事熱心になった。それがまずかったか。

そんなことを思い返していると、妻の怒った声が耳に届く。
「あなた!生返事ばっかしてないで!ほら、これ!」
「なにこれ」
「慧から。恥ずかしいからって本人は部屋に隠れたけど」
丁寧に包装された箱の中身は、グラスだった。

今年漬けた梅酒が飲み頃を迎えたら、慧は20歳になる。お酒の味はまだ分からないだろうけど、こいつで一緒に一杯やろうと思った。梅雨明けまでは少し遠い、「父の日」の出来事だった。
その他
公開:19/06/15 07:00
更新:19/06/15 06:52
雨上がり

Miraishi

「カミヒトエ」
どこかつながりのあるひとつの世界。
それでも、それぞれに独立した物語がある。
僕たちの生きている現実世界にとても近くて、
だけどそれは、全て作り話。
原稿用紙1枚分の積み重ねで創る、
現実と紙一重のフィクションの世界。

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