レッスン

0
4

「寄っていきませんか」
男に声をかけられたのは港町にある総合病院の前だった。
仕事で訪れた町。ふらり入った居酒屋で朝獲れの魚と地酒を愉しんだ。もう一軒、なんて思いながらヒールのままで石畳。ほかに店などなかった。
都会の明るさに慣れた私には、この町の街灯は心細い。普段なら足早になるところを、旅先のほろ酔いが、男の言葉を受け入れていた。
男は、燕尾服を着た小柄な髭の綺麗な老人だった。
「いい群青が聴けますよ」
と、私を病院の中へと誘った。
緑色灯だけの暗い廊下をゆく。
いい群青とはなんだろう。
通された個室には、月明かりを浴びた老婆がひとり。
「妻です」
とだけ言い残し、髭の老人は行ってしまった。
それから私は静かな時間を老婆の隣で過ごした。
明け方。四つ足で座り、群青の空を見上げた老婆がにゃーおと啼いた。
古来、猫は美しい色を歌った。にゃーおは群青。にゃむは緑。夜明けのレッスンに私も啼いた。
公開:19/06/12 10:15
更新:19/07/06 17:48

コメントはありません

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容