傘とり物語~駅宿り

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無人駅の、木造駅舎の軒下に、ぼろぼろの赤い傘が一本、逆さに開く。
毎年、梅雨前に現れ、本降りになる頃に姿を消す、からかさおばけの様な傘だ。
一日の利用者が、両手の指に満たないこの駅で、私は定年まで駅員をしていた。退職後、駅は無人になり、交通の主力は自家用車になり、ついに昨年、廃駅となった。
それでも赤い傘は毎年開いた。

私は毎年、駅舎を訪れた。かつて私が残した傘を、開いてくれる人がいる。もう杖をついても歩くのが辛いが、軒下に傘が開く限り、来ると決めていた。
しかし、老朽化した駅舎は、来月に取り壊しが決まった。私は傘を引き取りがてら、駅舎との別れに臨んだ。

誰も来ない駅舎の、改札だった手摺りに、赤い傘が閉じてある。最後の仕事が終わった傘は、きれいに洗われ、綻びも繕ってあった。
軒下に残る巣立ちの痕を眺め、傘を開く。『燕のお宿』薄れた油性マジックの下、『お疲れ様でした』と書き足してあった。
その他
公開:19/06/07 20:14
SEAる-③の、 誰かさんコメントより、その1

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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