世界が変わる瞬間

4
6

「やっていられるか!」
 男は呟きながら、トイレの個室扉を手前に引いて中に逃げ込み、荒々しく扉を閉めた。
 理解のない上司。理解しえない若手社員。リストラの名の下に進められる人切り。自分を押し殺し、ひたすら家族のためにと働いてきたのに、妻からは煙たがられ、娘からは避けられている。自分の家なのに安らぎの場所どころか居場所さえない…
 いっそ、こんなくだらない世界から別の異世界に行ってしまいたい…異世界へ通じる扉などあるだろうか…
 隣の個室扉の閉まる音が響き、男は我に返った。四十代半ばを過ぎる男が、別の世界へ行きたい、などと子供じみた事を考えてしまった。くだらなくても、この現実世界で生きていくしかないのだ。
「肩を叩かれようが、この会社にしがみ付き、定年まで勤め上げるぞ!」
 男は個室扉を手前に引いて外に出た。そして仕事が待つ現実へと戻って行った。何か世界が変わったような気がした。
ホラー
公開:19/06/01 00:11

黒柴田マリ( ヨコハマ )

黒柴田マリと申します。ショートショート、大好きです。あと、リンゴも大好きです。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容