黴雨前線(ばいうぜんせん)

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気圧配置が梅雨の徴候を呈す頃。泥濘の酔いから醒めた深更、傍らの妻の微かに湿った項に、黒い線を見た。
それは黱(まゆずみ)で引いた戯画にも、肌に彫った黥(いれずみ)にも似て、じぐざぐ蛇行しながら、右耳下から左肩まで斜断し、所々ぽつぽつ盛り上がった、黶子(ほくろ)様の点を伴っていた。
天気予報の前線と軌道が同じで、触れたい衝動が込み上げた。黰(くろかみ)を掻き除け鼻を埋める。夢うつつの妻は厭々と身体を捩ったが、じき諦めて寝息を立てた。
妻の汗に混じり、鼻腔に饐えた臭いが届く。時節柄やむを得ないとは言え、妙に濃い。試しに舌先で黒点を擦った。
ざらりと付着したものを鏡で映す。――黴(かび)だ。あっと声を上げる前に、取れた点から黒い飛沫が迸り、眠る妻も部屋も黴浸しにした。私は胞子に咳き込みながら這う這うの体で逃げた。

玄関を開けると、むっと臭気が増す。
空に横たわる線から、黴の雨が降り注いでいた。
ホラー
公開:19/05/28 19:11
更新:19/05/28 19:55
黴雨(ばいう):梅雨の別名

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

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