彼と部室

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彼は、部室で本を読んでいる。
文芸部、といっても、部員は私と彼だけ。
彼が部長で、私が副部長。
肩書も、あまり意味はない。
いまは顧問の先生と一緒に、文集を作っている。
しかし、顧問の先生は外出中だ。
「私は短編にしようと思うんですけど、部長は」
「私は俳句にするよ」
本を読みながら、彼はいう。
「好きな俳人とかいるんですか」
「やっぱり芭蕉かな。でも、いまは子規も好きになりかけている。君は」
「私は、菊池寛ですね。でも、モーパッサンも読むつもりです」
「ふうん」
彼はなぜか、私を見た。
ふいに、目が合う。
私はあわてて目をそらしたが、彼はいまも私を見ているようだ。
私は目を伏せ、彼をやり過ごしていると、やがて顧問の先生が戻ってきて、文集についての話をしはじめた。
それからは、特になにごともない。
ただ私は、文集について考えながら、あのとき目をそらしてしまったことを、思い浮かべていた。
公開:19/05/22 10:11

ふじのん

歓びは朝とともにやってくる。

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