夏の思い出

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「もうつまんない。遊びに行ってくる!」
 虫取り網を持って炎天下の田圃道を走り去っていく娘の栞を、夫と私は無言のまま見守った。夫が溜息をついて
「まぁ仕方ない…携帯電話を持たせているんだろう」
 里山に夕日が沈みかけた頃、柱時計の脇の黒電話が鳴った。主人が電話に出たが、一言も話さずに受話器を置いた。
「今、おやじが亡くなった。死ぬ間際まで栞に会いたいと、つぶやいていたそうだ」
 私は妙な胸騒ぎを感じて、携帯電話を取り出し、娘の携帯番号にダイヤルした。
「栞、どこにいるの?」
「知らないところ…どこかの川よ…じぃじが連れてきてくれた…」
「おじいちゃんがいるの?!」
「…川の向こう岸から…呼んでいる…わーい、じぃじ、今そっちに行くね」
「行っちゃダメ!」
 電話はプツリと切れた。私は、震える手で何度もリダイヤルした。しかし、栞のかわいい声は、二度と聞こえてくることはなかった。
ホラー
公開:19/05/22 23:22

黒柴田マリ( ヨコハマ )

黒柴田マリと申します。ショートショート、大好きです。あと、リンゴも大好きです。

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