布の盤

1
5

「どうです。私と一番」
彼はそういって、布の将棋盤を取り出した。
「いえ、私は将棋はあまり指さないので……」
「それはよかった。私もあまり強くありませんから」
彼は気にせず、駒を並べていく。
「いかがです。一番だけ」
「ええ、はい。じゃあ、一番だけ……」
私がそういうと、彼はにっこりと笑った。
そして指しはじめたのだが、彼の攻撃部隊が次々と襲いかかり、あっという間に必敗の形になってしまった。
なんとかそこから粘りを見せてはみたが、健闘むなしく投了となった。
「いやあ、優勢になったと思ってから、詰ますまで長かったです。逆転されそうでしたよ」
それでも、彼は花を持たせてくれた。
「ありがとうございました。それではまた」
彼は駒を戻し、布の盤を折りたたんで、去っていった。
その姿を見送りながら、私はなぜか
「それではまた」
という言葉が嬉しかった。
これが彼とのなれそめとは、知りもしないで。
公開:19/05/22 12:13

ふじのん

歓びは朝とともにやってくる。

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