残像は父を知らない

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「ごめんね。私、普通じゃないから」
 そう言って泣き出した彼女の涙が、周囲に細かくキラキラと弾け跳んだ。
 今日の初めてのデートで撮った写真や動画を、一緒に見ていた夜のホテルでのことだ。涙の原因は、彼女の姿が全部、ひどくブレていたことだった。
 「私、すごく震えてるの。写真とかはみんなブレちゃうし、みんなが私だと思ってるのは、ブレてる私なの」
 俺は彼女を抱きしめた。心地よい振動が身体全体を揺さぶった。
「君が好きだよ」
 その夜、俺は彼女と深く一つに交わった。その部分から、彼女の振動が体内に広がっていった。腰が抜けるような快感に俺はすぐに果てた。だが、身体のタガがみんな外れるかのような感覚は続いた。振動する視界の中、俺を見上げる彼女のブレていない姿は…
 ―この人もバラバラになっちゃった。お母さん。私も父親を知らない子を産みます。
 女は、腹部に新たな振動を感じながら、ホテルを後にした。
ホラー
公開:19/05/19 12:45

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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