右側の味

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星も戸惑う熱帯夜。
私は少しだけ窓を開けて、一匹の蚊を待っている。
一年前のこの日、またここで逢おうと言った彼。生きてるかな。

ぷっぷーん。
彼だ。彼は私の部屋に入ると、確かめるように壁や照明を嗅いでいる。そして私の周囲をぐるりと飛んで、そっと頰に触れた。針はまだ使わずに、右の耳に体を寄せて「また逢えたね」と囁く。私はずっとこの日を待っていた。
彼は私を見つめて、
「クリスティーン。君の右側はおいしい」
そう言うと、私の右の手首の裏側にまわり、二本の細い骨のあいだに、ぷすりとその美しい針を刺した。
私は彼と離れたくなくて、ぐっと右腕に力をこめた。彼の針が抜けないまま、私たちはふたりきりで、星がいなくなるまで窓辺で過ごした。
「もう行かなきゃ」
「いやよ」
「クリスティーン」
「私はのぶ代」
血の気が引いた彼は、私に針を刺したまま、大空へと飛んだ。
高度1万メートル。
「もう、離れない」
公開:19/08/08 11:00
更新:19/08/09 08:48

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