エキストラの彼

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恋人にふられた日、一人きりの部屋に帰りたくなくて、ふらりと小さな映画館に入った。客席はガラガラだった。リバイバルの古い映画を上映していた。映画監督を目指す青年と女優の卵の恋物語。題名は何だったかな。
私はただぼんやりとスクリーンに映る昭和の街並みを眺めていた。
その時、人ごみの中のエキストラの男性と目があった。彼は私に気づいて柔らかく微笑むと、私に向かって手招きした。私は誘われるまま手を伸ばした。ふわりと私の体は映画の中に吸い込まれ、一瞬のうちに昭和の街に立っていた。
「行きましょう」
背が高く、大きな口をした笑顔が似合う人だった。わけもわからず頷く。彼は私の手を取って街を案内してくれた。物語そっちのけで、私と彼は束の間のデートを楽しんだ。
気がつくと映画館の客席に戻っていて、スクリーンにはエンドロールが流れていた。
ただ、右手の残る彼の手の温もりに、じんわりと心が癒されていくのを感じた。
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公開:19/07/28 00:18
更新:19/08/05 18:10

のりてるぴか( ちばけん )

月の音色リスナーです。
ようやく300作に到達しました。ここまで続けられたのは、田丸先生と、大原さやかさんと、ここで出会えた皆さんのおかげです。月の文学館は通算24回採用。これからも楽しいお話を作っていきます。皆さんよろしくお願いします。

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