軒下の夏

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妻が買い物に出かけたあと、私はベランダで趣味の仏像を彫っていた。
どれだけ時間が経ったのか、夏空は薄い雲に覆われて、少しだけ冷たい風が抜けてゆく。
ぺとっ。ぺとっ。不思議な雨音を感じながら、私は作業を続けた。髪が濡れ、肩が濡れ、彫刻刀を持つ手が濡れたとき、それが普通の雨ではないことに気がついた。
私は妻が心配になって、傘を手に家を出た。
閉ざされたシャッターばかりの商店街にひと気はなくて、妻は豆腐を買った小鍋を手に、商店の軒先で空を見ていた。
私を見つけると妻は笑顔になって、それを合図にしたように、空が明るくなった。
「狐の嫁入りだね」
妻は小鍋の水を捨てて、もう止むだろう雨を豆腐の鍋に受けている。
私が持ってきた匙を差し出すと、妻の笑顔は弾けた。
虹のかかった空にはポン酢の瓶の雲だけが残って、私たちに甘酸っぱい雨をくれる。
「ビールの雲は?」
私が言うと、妻は隠していた缶ビールを掲げた。
公開:19/07/26 11:37

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