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近ごろは車内で弁当をすませていた昼休み、久しぶりにあの公園へ行く事にした。
母親のそばで砂遊びをしている子供を眺めながらのり弁を食べる。空はどんよりした曇り空だ。こんな時、矢井子ならこんな事を言うだろう。
「どしゃ降りになればいいのに」
彼女はおれの隣りから立ち上がり、近くの蛇口をひねって勢いよく放水させる。ツンとにおう矢井子の汚れた衣服からは水が滴り落ち、のり弁はずぶ濡れになる。母親は顔をしかめ、子供の手を引きそそくさと立ち去っていく。
おれが彼女にプロポーズしたのは冬の夜だった。仕事帰り、ブルーシートにくるまって「雲~、雲~」と白い息を吐く矢井子に婚約指輪をはめた。彼女は珍しく笑顔になり、「ただ生存するために、生きてこなくてよかった」と黒い八重歯を見せた。
同居の約束をしたその翌日、茂みで血まみれの死体が見つかった。指輪を狙った強盗殺人で捜査されているが、今でも犯人は見つかっていない。
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公開:19/07/23 18:06
更新:19/07/23 19:06

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