夏来るらし

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「海人(あま)君。見て見て!」
背戸へ出た妻が、眼を輝かせて手招きますので、私は洗濯籠を抱え、やや急いで突っ掛けを履きました。
「どうかしましたか、讚良(さらら)さん?」
「常夏の花」
雲の切れ間の陽光を浴びて、眩しい様に白い花。何処から種が飛んで来たのか。私の顔もほころびました。
「撫子ですね。川原撫子の変種でしょう」
「常夏って、撫子の事じゃないの?」
「厳密には違います。花弁の形状や色合いも……」
解説を始めそうになり、口を噤みました。理屈屋で堅苦しい性が、結婚しても改まりません。
「うん、夏の色だね」
「朱夏と称する様に、通常、赤では?」
「春過ぎて、夏来るらし白妙の」
「……衣ほしたり、天の香久山」
万葉集、持統天皇の歌。二人を繋いでくれた縁歌を辿り、一緒に洗濯物を干しました。
讚良さんが『我は海の子』を口ずさみ始め、それも白ですねと答えると、彼女はおかしそうにお腹を摩りました。
ミステリー・推理
公開:19/07/16 15:40
川原撫子(大和撫子)と和歌 ※持統天皇の歌は、万葉集版

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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