楓樹の譚
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緑陰の滴る夏の、一番星の瞬く頃でした。
「おとうさん」
戸惑う様な蒼い声が、裏庭にか細く尾を引きました。
「おとうさん?」
サンダルを突っ掛けて勝手を抜け、午後の雨が撒いた泥濘を踏みながら、
「どうしたの、お母さん?」
呼んでしまってから、薄く舌を打ちました。
「ねぇ、おとうさんは?」
胸に漣の立つ様な、細い風が梢を掻き、居ないはずの声が問うのです。
「おとうさんは?おとうさんは?おとうさんは?」
二股に伸びた楓の、片翼が折れて腐ったのは疾うの昔で。
「……お母さん」
後を追う様に、もう一方も今、静かに枯れつつありました。
るるる。電話が遠く、予期した報せを鳴らしています。
「おとうさん」
最後まで、貴方は私を呼ばないのだな。
これも予期した通り、私は幾らか醒めた手で、季節外れの黄葉を掃いました。
「さようなら、お母さん」
骨だけになった楓は、それきり口を噤みました。
「おとうさん」
戸惑う様な蒼い声が、裏庭にか細く尾を引きました。
「おとうさん?」
サンダルを突っ掛けて勝手を抜け、午後の雨が撒いた泥濘を踏みながら、
「どうしたの、お母さん?」
呼んでしまってから、薄く舌を打ちました。
「ねぇ、おとうさんは?」
胸に漣の立つ様な、細い風が梢を掻き、居ないはずの声が問うのです。
「おとうさんは?おとうさんは?おとうさんは?」
二股に伸びた楓の、片翼が折れて腐ったのは疾うの昔で。
「……お母さん」
後を追う様に、もう一方も今、静かに枯れつつありました。
るるる。電話が遠く、予期した報せを鳴らしています。
「おとうさん」
最後まで、貴方は私を呼ばないのだな。
これも予期した通り、私は幾らか醒めた手で、季節外れの黄葉を掃いました。
「さようなら、お母さん」
骨だけになった楓は、それきり口を噤みました。
ファンタジー
公開:19/06/07 02:00
更新:19/07/18 12:10
更新:19/07/18 12:10
風樹の嘆/楓
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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