春の日昏し(はるのひくらし)
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長くなった春の陽が暮れ、温い夜の帳が降りた頃。
鍵盤を叩く手を止めた隙間に、そっと聞こえる様鳴いた。
カナカナと歌っては、コロコロと誘っては、水辺から湧き立ち、緑萌える庭を埋めてゆく蜩の声。まだ二季は早かろうと、不可思議な物淋しさを耳にして、夫は古傷を疼かせるか。
私が居なくなった日も、蜩は雨垂れの如く、黄昏の庭へ注いでいた。激しい喧嘩をした後、掻き消す様に行方知れずになった妻を、夫は暫く偲び探す風で、やがて待ち飽きて忘れた。丁度こんな、桜の綻びそうな春の宵に、私の物を押入れへ投げた。
『貴方貴方』と願い、『来よ来よ』と祈って、時外れの蜩を真似る。朔夜の庭へ、泳ぐ足取りで踏み出した気配に、息を潜めた。
目を凝らし、闇奥を辿る夫に、私の姿はどう見えたのか。ふっと吐息を撓め、帰る足に縋り、引いた。ぐらりと高い背中が水に傾いた。
水音は思いの外に小さく、跪いた私の後ろ、蜩の音で蛙が鳴いた。
鍵盤を叩く手を止めた隙間に、そっと聞こえる様鳴いた。
カナカナと歌っては、コロコロと誘っては、水辺から湧き立ち、緑萌える庭を埋めてゆく蜩の声。まだ二季は早かろうと、不可思議な物淋しさを耳にして、夫は古傷を疼かせるか。
私が居なくなった日も、蜩は雨垂れの如く、黄昏の庭へ注いでいた。激しい喧嘩をした後、掻き消す様に行方知れずになった妻を、夫は暫く偲び探す風で、やがて待ち飽きて忘れた。丁度こんな、桜の綻びそうな春の宵に、私の物を押入れへ投げた。
『貴方貴方』と願い、『来よ来よ』と祈って、時外れの蜩を真似る。朔夜の庭へ、泳ぐ足取りで踏み出した気配に、息を潜めた。
目を凝らし、闇奥を辿る夫に、私の姿はどう見えたのか。ふっと吐息を撓め、帰る足に縋り、引いた。ぐらりと高い背中が水に傾いた。
水音は思いの外に小さく、跪いた私の後ろ、蜩の音で蛙が鳴いた。
ファンタジー
公開:19/03/20 23:00
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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