稗田阿礼のように

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前略
 私は貴女の村から丘を隔てた稗田村に住む者です。本来であれば貴女は私のことを知る必要はないのですが、あえて私が稗田村の住人であることを示したのは、この手紙に対する邪推を封じるためです。この手紙が稗田村から届いたことは表書きにも記しておきましたから、貴女にとっておもしろくない噂が立ったのならば、村人に表書きをお見せなさい。稗田村の暗誦師が書く手紙がどのような意味を持つのかを、長老に説明してもらいなさい。この手紙が私と私の村とを救う手立てであることは、天地神明にかけて間違いのないことです。
 早春の丘に貴女を一目見てすぐに、私は邪心から貴女のお名前を突き止めてしまいました。それ以来、私の暗誦していた言葉の全ては貴女のお名前に喰われ、貴女のお名前だけが私の体内に増殖していきます。
 なので、ここに私は貴女のお名前を排出いたします。
 貴女への思いを消去します。さようなら。草々
 篠宮朋絵様
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公開:19/07/14 13:51

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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