ベレー帽の男

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 蝋燭の灯る座敷へ、背広にベレー帽という姿の初老の男が入ってきてペットシートの上に正座すると、息を詰めてベレー帽の垂れ下がった部分をめくり上げた。帽子の縁は、黒光りする金属に覆われている。
 男は息を大きく吐き、その一部を摘むと一気に引き抜いた。男の口から吐息が漏れる。
 それはアメピンだった。
 男は、毎朝ベレー帽と残り僅かな髪とを百本以上のアメピンで固定し、帰宅後に、その複雑に絡み合ったアメピンを安全に、正確な順番で抜き取ることを日課としていた。
 アメピン先端からの焦らすような刺激。誤ったアメピンに触れた時の痛みと不安。蒸れた頭皮の耐え難い痒み。掻き毟りたくなる衝動。限界の尿意。帰宅直後に湯を注いだカップラーメン。
 それらの全てに打ち勝って、無事にベレー帽を脱げた時の解放感は、何物にも替え難い…
 それから男はペットシートを交換し、全裸で、伸びきったカップラーメンを啜るのである。
その他
公開:19/03/30 09:46
更新:19/05/28 11:45
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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