笑人形

｢オカワリ」
テーブルに座る藁人形が低い声でいう。
パンを齧ってコーヒーを飲む姿は、何度見ても慣れない。
ランドセルを背負い、玄関で靴を履く藁人形。
｢母サン、イッテキマス！」
｢うん、行ってらっしゃい」
こんな日常が毎日のように続く。

数カ月前から、あたしの家族は藁人形に変わった。
家族だけではない。
隣の奥さんも、パート先の店員も、そこへ訪れる客も、町行く人々も⋯⋯。
要するに、自分以外の全員が藁人形に変わってしまったのだ。
何となく理由は分かっていたので、あたしはこの状況を受け入れ、異常な日々をやり過ごしていた。
でもいい加減まともな人間と話がしてみたかった。

そんなある日、前をゆく一人の女が居た。
間違いなく普通の人間だ。
あたしは嬉しくなり女に声をかけた。
｢待ってください！」
振り返った女はにっこりと笑った。
それは、あたしが藁人形で呪い殺したはずの姑の顔をしていた⋯⋯。