たとえその声がまやかしだとしても

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私はペンギンのぬいぐるみ。名前はサヨ。この家の主人がつけた私の名前。
居間の中央の、テレビが一番見やすい特等席が私の居場所。
ピンクのジャージは主人が着せてくれた。
子供達は私をママと呼んだ。
わけがわからなかったが、やがて理解した。サヨは奥様の名前。私は亡くなった奥様の代わりなのだ。
奥様がペンギン顔だったかは知らない。
ただ、ピンクのジャージは奥様の部屋着だったのだろう。
主人や子供達は出掛ける時にいつも私の頭を撫でる。
「行ってきます」
『いってらっしゃい』と私は心の中で応える。
そんな日々が何年も続いた。
子供達が家を出た後も主人は私の頭を撫で続けた。
ある日、主人が病に倒れた。
私は子供達により、病室の主人の側に運ばれた。
「サヨ…」
乾いた掌が私の頭に触れた。
私は奥様ではない。
それでも…。
「あなた…」
初めて発した私の声に主人は驚き、そして懐かしそうに目を細めたのだった。
ファンタジー
公開:19/03/18 23:26
更新:19/03/20 20:41

のりてるぴか( ちばけん )

月の音色リスナーです。
ようやく300作に到達しました。ここまで続けられたのは、田丸先生と、大原さやかさんと、ここで出会えた皆さんのおかげです。月の文学館は通算24回採用。これからも楽しいお話を作っていきます。皆さんよろしくお願いします。

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